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▼誕生!まほろば天女ラクシュミー



桜の花が舞い散る中の入学式なんてテレビやマンガの中だけの話だ。
日差しこそ穏やかになったものの、自転車をこぐと風が頬に冷たい。
遠く吾妻の山の頂に残る雪を眺めながら、わたし、冬咲ぼたんは中学校へ向かって自転車を走らせていた。
 ここは山形県東置賜郡高畠町。山形県の南東部に位置する人口約2万5千人の町だ。一応新幹線も止まるし、町としてはそれなりな規模かもしれないが、刺激に乏しい退屈ないなか町だ。
最近珍しく起きた事件のようなものといえば駅においてある赤鬼と青鬼のオブジェが突如消えてしまったことぐらいだ。何者かによる窃盗と見られている。
この町出身の童話作家 浜田廣介の代表作品「泣いた赤おに」をモチーフに十数年前の中学生が作ったものらしいがあんな2メートルを超えるような張りぼてをいったい誰が?何のために?まったくわけがわからない。
 この町もごたぶんにもれず少子化で、今年度から町内4つの中学校が統合されることになった。
ほかの学区の生徒たちと一緒になるのは少し不安、でも今までの古い校舎から新築の新しい校舎になるのはうれしい。だって新しいものに触れるとなんだか進んだところにいるような気がするじゃない。
 校庭の周りに張りめぐらされた緑色の金網が見えてくる。その中に移植されたばかりの桜の木が頼りなげに風に揺れている。
 校舎へと向かう自転車の数が増えてきた。女子は紺のブレザーに男子は詰襟の学生服、制服はほとんど代わり映えしないが、見知った顔もいれば初めて見る顔もある。
いよいよ新しい学校なんだなぁと感じながら校門をくぐった。
ま新しい校舎は鉄筋コンクリート二階建て、特にこったような特別な意匠は無い。
二年生の教室は二階にあるようだ。リノリウム張りの階段を上がっていく。ベコベコしてない、ただそれだけでうれしい。
事前に配られたプリントによればわたしは二年三組の出席番号29番。
教室に入ってイスを引くと突然誰かが
「ぽちっとなー」
と、髪でしっかりと隠したはずの、襟足にあるほくろを寸分の狂いも無く人差し指でつく。
ぼたんと言う名前と絡めて、中学校にあがるまでさんざっぱら繰り返されてきたコノいたずらに思わず「ひやっ」と首をすくめる。
しかし、ほぼ一年ぶりの今日のそれにおどろきこそすれまったく不快感は無かった。
なぜならその声。
振り返ると予感は的中。
そこには、さくらんぼのように真っ赤なボンボンつきのゴムで髪を頭の両サイドでかわいらしく結わえた、少し小柄な女の子が立っていた。
「ちーよーちーん」
「もー、千代ちんはやめてっていってるのにー」
千代ちんは唇を尖らせた。
でもそんなこというなら「ぽちっとな」もやめてよね。
この娘の名前は竹田千代、お母さん同士が姉妹、つまりわたしのいとこだ。
お父さんの仕事の都合で転勤、それもうらやましいことに都会暮らしが長かったそうだ。
今年からここ高畠で暮らすことになったと聞いていたが、
「まさか同じクラスだとはねー」
「ねー」
千代ちんはにっこり微笑んだ。
「でも、すごくほっとしてるの。だって新しいお友達作るの心配だったから。ね、誰か知り合いの娘いない?」
言われてわたしは教室をぐるりと見渡した。
すると、教室の後ろのほうで男子がなにやら言い争う姿が目に入る。
「なにガンくれてんだ!ゴルァ」
「あぁん、おめぇどこ中よ」
丸刈りが数人、おそらく野球部だなありゃ。
さっそくサル山のボス争いが始まったようだ。
「やーよねー、男子って」
「ねぇ、都会の男子もあんな感じなの?」
わたしが千代ちんにそうたずねた瞬間、教室の引き戸が威勢よく開いた。
教室中の視線が入り口に集まる。
そこに現れた詰襟には首が無かった。いや、首から上が引き戸の上に来るぐらい彼の身長が大きかったのだ。
しん、と静まり返った教室。
視線が集中する中、彼はゆっくりと身をかがめながら教室に入ってきた。
やや赤みがかり荒々しく逆立った髪の毛、頬には大きな傷跡。規格が間に合わないため、七分そでの短ランのようになってしまっている詰襟。
前のボタンはとめられず、真っ赤なTシャツが見えている。
彼はおもむろに坊主頭の一団に近づくと、腰をかがめ手に持っているプリントを見せ指をさす。

先ほどまで威勢のよかった坊主頭の一団は一言も発せず、ゆっくりと震える指先で廊下側の前から3番目の席を指さす。
巨漢の彼は立ち上がり、入り口を見やると指で合図を送る。
するとそこには彼ほどではないが背の高いメガネの男子が立っていた。
彼は猫背でやや天パの入った髪が肩まで伸びている。神経質そうな面立ちで、偏見を承知で言わせてもらうとオタクっぽい容姿だ。
オタクっぽい彼は廊下側の一番前の席、巨漢の彼は三番めの席に座った。
巨漢の彼が席に座る姿はまるで幼稚園のPTAに参加する父兄が園児のイスに座らされているようだった。
いつしか彼らの周りには誰も立ち入れないような空間ができていた。もちろんわたしも千代ちんもその空間には立ち入れない。
「・・・青木君と赤木君って言うみたいよ・・・」
「・・・なんだか、近寄りがたいよね・・・」
黒板に書き出してある席次表を指差して誰かがつぶやいた。
出席番号2番の青柳君とは同じ中学だった。
教室を見回してみると、気の弱い彼は案の定すみの方で青い顔をしていた。

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