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▼ヤマガタ蔵プロジェクトのゆくえ その7

オビハチの蔵再生  談/小嶋正八郎

その6までの対談に登場した、ヤマガタ蔵プロジェクトのカフェ「オビハチ」は、蔵のオーナーである小嶋正八郎さんのご協力なしには実現できない試みでした。 学生たちの実験の場であった「オビハチ」はその後、小嶋さん経営のカフェ・レストラン 「蔵オビハチ(灯蔵)」 として生まれ変わり、山形市内の人々に強い印象を与えました。小嶋さんにお話を伺います。


 商家としての小嶋家のルーツは江戸時代末期に遡ります。本家は総合商社のような商売をしていましたが、明治になると取り扱い商品ごとに暖簾分けをし、オビサン、オビロクといった屋号を持つ分家がたくさん生まれました。「オビ」 は商人が締める角帯のこと。明治42年、私の祖父は分家してこの十日町にやって来てオビハチを名乗り、肥料や米、雑穀を商い始めました。蔵プロの舞台となったこの蔵は、 商品を貯蔵しておく荷蔵でした。

 私が物心ついたとき、すでにこの蔵は荷蔵としての役目を終え、単なる物置となっていました。覚えているのは外壁に空襲を避けるための黒い墨が塗ってあったのと、悪さをすると蔵の中の柱に縛り付けられて閉じこめられたこと(笑)。今となれば懐かしいですが、小さい頃の蔵は恐ろしい場所でした。いま89歳の母も店に改造してからはファンになったんですが、以前はいいイメージは持っていなかったようです。暗くて何が入っているのかよくわからない。いったん調べだしたら際限がないような気がして、手が付けられない。そんな存在でした。

 平成に入り、敷地の中に道路が通るという計画が持ち上がったときから、蔵をどうすべきか思い悩むようになりました。そうしている間に道路ができて、屋敷の裏に隠れていた蔵が表に出てきた。外壁はボロボロだし雨漏りもする。あきらめて壊そうという気持ちが強くなったとき、東北芸術工科大大学院生の井手理恵さんと知り合ったんです。井手さんは研究テーマである蔵を使い、何か実践してみたいというささやかな夢を持っていました。最初は私も真剣に取り合わなかったのですが、よく話してみると非常に熱意を持っている。そこで 「蔵をプロジェクトの柱であるカフェ空間に提供してみよう」 と決めました。蔵を取り壊すにしても数百万円かかると聞いていましたから、「壊す」という後ろ向きの考えを「作る」という前向きの発想に転換しようと思ったんです。そのあたりから芸工大の山畑信博先生や竹内昌義先生が加わって、市民グループ「まちづくラー」も入ってきました。タイミングよくいろんな思いが同時に動き出したんです。

 私の負担で屋根を葺き替え、外壁を直し、トイレを作るところまで造作しました。掃除や内装は学生やまちづくラーに頑張ってもらいました。物置でしたからいろんなものが出てきましたよ。私が捨てるつもりだったものの中には、学生たちが持ち帰ったものもあります。持ち主にとっては珍しくもなく価値を感じないものでも、若い学生の目には新鮮に映るものがたくさんあったんです。それがなかったら、蔵はこんなふうに生き続けることもありませんでした。

 「オビハチ」として3週間カフェを開業している間、私は出張などがない限り毎日お客として顔を出していました。事業家としては、人がどんどんやって来るのを見て「うまくいくかもしれない」と直感しました。 何より、マスコミが敏感に反応して報道してくれる。こうした事業は時流に乗りそうだ、本格的に営業してみようと決心しました。開業にあたっては、さらに資金を投入して改修しました。世間に熱があるうちに営業を始めたかったので工期は一カ月と決めて、素速くオープンしたんです。テーブルは母や祖母が嫁入りのときに持ってきた長持です。壁のポスターは、荷蔵に入っていたものを学生が写真に撮って作ってくれたもの。オビハチのロゴマークも学生が作ってくれました。

 現在、お客様の七割は女性です。女性は男性のようにお付き合いで店を選ぶことは少なくて、 本当に好きな場所にしか行かないですよね。居心地がよいと感じてくださっているんじゃないでしょうか。こうして開業できて本当によかった。実をいうと、私があまりさっさと決めたものだから家内や娘からの風当たりは強かったんですが、今では応援してくれています。
 
 ギャラリーもジャズライブもやる。ランチもあれば、ワインや焼酎もある。「品目を絞ったらどうか」とアドバイスしてくださる方もいるんですが、荷蔵はがらんとした空間だからこそ何でもできるんですよ。仮に完成された立派な座敷蔵だったら、提供するものは和風の雰囲気に合ったものに限られるでしょう。最初に、学生はジャズライブや落語、トークイベントなどいろいろな実験をしてくれて、何をやってもそれなりに楽しくて様になることが実証されました。 何も限定しない空間なんてほかにあまりないんじゃないでしょうか。事業として発展途上にあるのは承知の上ですが、 この形態でもうしばらく続けてみるつもりです。


[蔵オビハチの店内。古いものと新しいものがうまくマッチしている]


【この企画は今回でおわり】

明日からは通常営業しまっする。
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